« 小旅行 ~ 奥日光を満喫 | トップページ | ヴィンテージグライダーの1/7.5スケールモデルを! P7 »

2014年12月 3日 (水)

小旅行 ~ HONDAコレクションホール

12月1日の事

昨日の奥日光めぐりの余韻に浸る間もなく、今日戻らなければなりません。その前に是非行きたい場所があります。

今日も息子の運転でやって来ました。ツインリンクもてぎHONDAコレクションホール

もてぎの南ゲートの開門を待っての一番乗りです。

ホールに入るなり目に飛び込んできたのが、夢リングと言われるエンジンのピストンリングをイメージしたモニュメント 真ん中には本田宗一郎の直筆 夢 と書かれています。

01p1030677

そして、奥のステージには二輪のレーサ、四輪のスポーツカー、F1のマシンが・・・

どれも初めて参戦した時のもので、ここからHONDAの夢と感動の歴史が始まったのだ!と言っているようです。

1961年。自動車メーカーの新規参入を制限する「特振法」を前に、Hondaの四輪進出は閉ざされようとしていました。

「法案が成立する前に、何としてでも参入しなければ」しかし、開発は細々とスタートしたばかりで、ノウハウはゼロ、生産設備も何もありませんでした。

この絶対絶命の状況で、Hondaは更なる困難な道を選びます。

「自動車の技術発展のためには二輪同様レースが必要だ」と四輪レースの最高峰、F1への参戦を決断したのです。

当時、日本ではまだ、F1という言葉すら知られていない時代でした。

そして、ドイツGPに初参戦すると同時に初のスポーツカー「S500」を発売するのです。

その発売に先駆けて、販売価格当て懸賞のキャンペーンが大々的に行われました。

参考記事⇒  https://www.youtube.com/watch?v=Z7br6bF5Oto

02p1030678

S500 S600クーペ S800と並んでいます。

どれも、私の遊び車Beatとほぼ同じ大きさです。

そして当時としては車に赤色を使うのは消防自動車と紛らわしいと御法度だったそうですが、スポーツカーこそ赤色が相応しいとHondaが先陣を切って採用したそうです。

03p1030651

S600クーペをアップ

荷物スペースが増え、更にボデー剛性も上がったので海外でも人気が高かったモデルです。

03p1030654

そして、翌年の1965年、F1参戦の2年目 この年の最終戦メキシコGPで初優勝します。

カーナンバー11番 RA272 ドライバーはリッチー・ギンサー

この時現地からHonda本社に当てられた電報が ”来た!見た!勝った!” で有名です。

しかし、当時このことはマスコミに殆ど取り上げられることがありませんでした。

それから数か月後 たまたま立ち寄った本屋で見つけた車の雑誌の記事に感動し身震いしたのをはっきり覚えています。

当時まだ中学生の私で、これがHondaとの初コンタクトでした。

12p1030620

マシン開発の始まりはF1を全く知らない技術陣にとって唯一の参考となったのは研究所が手に入れたイギリスの旧式F1マシン「クーパーT53クライマックス」でした。

そして二輪レース最高峰のマン島TTでの高回転・高出力のエンジンの経験を活かし、独自でマシンRA271を完成させ、1964年ドイツGPに初参戦します。

その当時の2台が展示されています。

11p1030629ra271

そして、この人アイルトン・セナとの出会いでF1黄金期を迎えます。

13p1030631

1988年 Honda RA168E 1494cc 600PS以上 マクラーレンチームに供給し16戦15勝を支えたツインターボエンジン 

14p1030635

アイルトン・セナのマクラーレンホンダMP4/5B エンジンRA100E 3493cc 1990年 

15p10306371

ロータスホンダ99T RA167E 1494ccツインターボ 950PS以上 1987年 ドライバー 中島悟

16p10306391_2

続いて見たのは二輪コーナー

1959年、本田宗一郎の二輪グランプリ・TTレース参戦宣言から5年。ホンダチームは、イギリス・マン島に飛び立ちました。

デゥガティなど世界の強豪がひしめく125ccクラスを目の当たりにして、急遽、現地でDOHC2バルブ2気筒のRC141に4バルブヘッドを組み込んだRC142でエントリーしました。

初めて参戦するにも関わらずHondaチームのマシンの精巧なつくりに人々は驚き、Hondaチームのことはマン島で徐々に話題に成って行きます。

そして、レース本番、Hondaチームは人々を更に魅了することに成るのです。

谷口尚巳が6位入賞。続いて7位・8位・11位とメンバー全員が大健闘し世界中が驚いた瞬間です。

その時のマシンはすでに残って無く幻と成っていましたが、HondaWGP参戦50周年記念プロジェクトとして 当時のRC142が復刻されました。 

それがこの一台 RC142 125cc  

21_1959rc142

<↑写真HONDA HPより>

その後1961年には二輪マン島レースで125cc・250ccクラスともに1位から5位を独占するのです。

遂に世界のHondaと言われる時が来ました。

当時のバイクで懐かしいものを見つけました。

高校生時代に兄が乗ってバイクです。 Dream C70 時々兄の目を盗んで乗っていたことがありました。

22p1030659

そして、もう一台 1962年 CR110 カブレ-シング 50cc

実はこれの一般公道を走れるようにしたレプリカをもっています。Dream50 の原型を見ることが出来て感激です。

23p1030674

そろそろ帰りの飛行機の時間がありますので戻らなければ成りません。

帰るとき、出口付近にあるレーサーを発見。

本田宗一郎が18歳のころアート商会の仲間と作ってレースをしていた車です。エンジンは飛行機カーチスのを流用していることから カーチス号と名付けられました。

P10306761

駆け足で見てきましたが、とても時間が足りません。また機会があればじっくり見たいものです。

Hondaのモノづくりの原点に触れることが出来て最高に幸せです。

最近のリコール問題で大変でしょうが、この夢とチャレンジと感動のルーツが今も受け継がれていると信じます。

必ずや乗り切って今まで以上にワクワクする製品が出てくる事を心待ちににしています。

↓Hondaスピリッツに触れることが出来て幸せです!

にほんブログ村 自転車ブログ クロモリロードへ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他スポーツブログ スカイスポーツへ
にほんブログ村

|

« 小旅行 ~ 奥日光を満喫 | トップページ | ヴィンテージグライダーの1/7.5スケールモデルを! P7 »

Dream50/BEAT」カテゴリの記事

コメント

diamondtuba姐さんへ
バーチャル ホールめぐり ご苦労様です
私もすっかりはまってしまいました
もう、完全タイムスリップで少年気分です!

バイク野郎によろしくne

投稿: けいあん | 2014年12月 4日 (木) 12時05分

実物のスポーツカーの旧型から新型までを目を輝かせて見てきましたねrvcarshine
カーチス号から現在の カッコイイ スポーツカーになるまでの過程は困難極めたンだと思いながら歩き回りました(ホールに行ったつもりになってますbleah
エンジン音が響いたら、気分MAXになりそうheart02

ウチのバイク野郎が帰ってきたら、又一緒にレポ見ましょぅ~^m^pencil

投稿: tuba姐 | 2014年12月 4日 (木) 09時46分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1385014/58165771

この記事へのトラックバック一覧です: 小旅行 ~ HONDAコレクションホール:

« 小旅行 ~ 奥日光を満喫 | トップページ | ヴィンテージグライダーの1/7.5スケールモデルを! P7 »