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2014年5月26日 (月)

ルーツを求めて その4(完)~仙台の名将 伊達政宗公は?

我が家のルーツを求める旅も4日目 最終日です。

5月18日(日/

山形の最上義光と関係が深い 伊達政宗を訪ねて仙台方面を目指します。

<山形~仙台(高速道路利用) ~ 仙台港北インター経由~松島>

高速道路を利用すると、初日の蔵王山超えとは格段の違い 随分楽ですね 今日も助手席でナビに専念します。

仙台港北インター近くでいとこと合流し、いとこの自宅に寄ります。

早朝にも関わらず迎えて頂きありがとうございます。3年前の3.11震災では大変苦労されたようです。現在は街並みも建物もほぼ平穏に向かいつつあることを聴き安心しました。

今日は仙台市内 青葉城祭りで大変混み合っているのでと言う事で、そちらは避けて松島に向います。

途中見晴らしのいいところまで来ました。

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ここは”西行戻しの松公園” 先の東日本大震災の復興支援プロジェクトの一環

東北・夢の桜街道の一つです。美しい松島湾が一望できる景観抜群のところですが、遠くには震災時の傷跡がはっきりと分かります。

いとこの娘さん一家が被災に合い、義父が帰らぬ人と成ってしまいました。

ご冥福をお祈りいたします。

当時の事を絞り出すように話す彼の言葉に、まだまだ癒えない深い傷跡を感じます。

頑張ってください。顔晴れ!

それから暫く走り、松島の海岸通りに入って来ました。多くの人で賑わっています。

最近、やっと観光客が戻って来たとのことですが、依然と比べればまだまだとの事でした。

昼はいとこが準備してくれたお店で、海の幸の刺身・天ぷらでお腹一杯に成りました。

ご馳走様です。

食後は海岸通りを歩いて、太鼓橋を渡るとそこは瑞巌寺・五大堂 今日は大潮でしょうか、随分と海面が下がっています。

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続いて、瑞巌寺の本堂へ

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しかし現在本堂は工事のため見ることが出来ませんが、その代り貴重な特別展を見ることが出来ました。

ここ瑞巌寺は HPに寄りますと↓

http://www.zuiganji.or.jp/html/enkaku.html

瑞巌寺は正式名称を「松島青龍山瑞巌円福禅寺」といいます。現在臨済宗妙心寺派に属した禅寺です。

そして伊達政宗と密接な関わりがあります。

慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いが終了した後、仙台に治府を定めた伊達政宗は、仙台城の造営と併せて神社仏閣の造営も行い、塩竃神社・仙台大崎八幡宮・陸奥国分寺薬師堂を相次いで完成させました。
当寺の造営は特に心血を注いだ事業でした。

伊達政宗について改めて勉強です。ウィッキペディアに寄れば↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E9%81%94%E6%94%BF%E5%AE%97#.E5.A2.93.E6.89.80.E7.AD.89

当時は最上家と伊達家は争う関係。そのため政略結婚の形で最上義光の妹が伊達家に嫁ぎ、嫡男 伊達政宗が誕生する。

兎に角複雑な時代で有ったようです。

さて、特別展では普段見ることが出来ない 国宝の倉裡(コリ)を間近にみることが出来ました。

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また、平成21年に改装された正室の愛姫の墓堂も特別公開してました。

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この瑞巌寺 禅宗の臨済宗妙心寺派 

これは我が家の菩提寺も臨済宗妙心寺派で同じです。

ここで、新たな疑問が湧いてきました。先日の天童の実家の菩提寺 山宝寺は曹洞宗でした。また天童の禅宗は大半が曹洞宗で臨済宗は少ないとの事。

すると、我が家のルーツで宗派が合わなくなってしまいます。

ここで、仮説を立てれば、屯田兵と入植した時は全ての宗派のお寺が北海道に入って来ておらず、便宜的に禅宗の臨済宗を選んだのか? まさか?

このことについては旭川の菩提寺に出向き調べる必要が出てきました。この謎を解く鍵が見つかるかもしれません。

今回の旅を終えて、鎌倉末期から明治までの山形の歴史をもっと詳しく知りたく成りました。戦国の時代 新潟の武将 上杉家とも複雑に絡んで国盗りが行なわれた様ですね。

そして、織田信浮(のぶちか)が高畠で藩主と成り天童を含む織田藩を治めて60年間。天童に移り、天童織田藩がこの地を治めて幕末を迎えるまで40年。それ以前はどうであったのかが、更に知りたく成りました。

天童市の公式HPでもそれ以前には触れられていません。↓

http://www.city.tendo.yamagata.jp/municipal/syokai/tendoodahan.html#天童と織田家とのかかわり

機会があればまた山形地方を訪れて見たいです。

これで今回の旅は終わります。

山形の叔父さん叔母さん本当にありがとうございます。

また、いとこのMさん Sさん大変お世話に成りました。お蔭でルーツが少し見えてきて充実感でいっぱいです。本当にありがとうございます。

↓もっと山形地方の事が知りたくなりました!

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コメント

tuba姐さんへ
旅のお供、大変お疲れ様です

tubaさんのところは長岡市の歴史と深い関係がありそうですね そして名古屋とも?
お父様からお聞きになったことをつなぎ合わせて、歴史文学に挑戦してみませんか?
作品、楽しみにしてますよ

投稿: けいあん | 2014年6月 5日 (木) 16時43分

観光目的で無く、心に秘めたものを探す歴史の跡をさかのぼっての旅にお供させていただきました。
死んでしまったらお終いだと思ってましたが、そうでは無いことを改めて実感しました。

世が世ならばアタシは姫さまだったんだね。なんて、父と笑いあいながら子供の頃に聴いたご先祖の話しは、どこか斑に抜け落ちてしまって・・・。

嫁ぎ先は、名古屋の落ち武者だそうで、特別に話題にもなったことがないのが残念です。

投稿: tuba姐 | 2014年6月 5日 (木) 16時01分

S雄さんへ
このたびは本当にありがとうございました
心もこもって御もてなしやお土産も沢山いただき感激です
皆さんによろしくお伝えください

歴史は元来不得意分野でしたが、だんだん面白くなってきました。
複雑な時代背景があったのを目の当たりに確認することが出来ました。
機会があれば更に深く山形の歴史を調べみようかなと考えています。

投稿: けいあん | 2014年5月29日 (木) 12時03分

楽しく拝見させていただきました。同じ所を見ても私とは大違いで観察力がすばらしいと思います。

投稿: S雄です | 2014年5月29日 (木) 10時24分

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