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2011年3月

2011年3月30日 (水)

人間ドック受診

平成22年度も残すところ1日。健保組合の資格が変わったことにより、年度内に一度定期検診を受けなければならない。ギリギリで有るが本日人間ドックに行って来た。

健保組合の指定病院と言うことで、初めてのN病院に行く。先ず駐車場に戸惑ったがなんとか7時40分頃に受付を済ませる。何と先客がいない。一番乗りだった。札幌時代いつも行っいたK病院では受付開始時間に行っても既に30人程先客がいたものだ。結局、2人だけである。

いよいよ開始。心電図の時は周りが随分にぎやかだ。人の話声、ガタンと何かぶつかる音が気になったが、こんな状況でまともなデータが取れるのかな? 聴力検査の時も同様 周りの音がうるさい。(結果はどちらも異常なしで良かった)

次にバリュームを飲む胃の検査。昨日の自転車の転倒で体中が未だ痛い。特に左腰を下にした態勢が本当に辛い。これは自分が悪いのでガマンガマン。なんとか終わった。

すべての検査が人数も少ない事もあり、1時間で終了。未だ9時前だ。後は医師の診察が午後2時からなので一旦自宅に戻る。

再度、2時少し前に到着。医師の診察の後、検査結果の説明。

「すべて問題なし。一点わずかな注意点が有ります。血中脂肪検査のLDL-コレステロール 通称悪玉コレステロールが一寸だけ高い。卵類の食べ方に注意してくださいね」

自宅に戻ってから過去のデータと見比べると3年前に逆もどりだ。前回改善したと喜んだのもつかの間。反省するとこは有る。自転車を初めて余計な贅肉が落ちたけれど体脂肪率が落ちた分、寒く成ると手足が冷たくて結構気に成っていた。少し太っても良いやと思い卵・油もの、魚卵、豚肉等々余り気にせずバクバク食べていた。でも体重は変わらず。これで良いんだと思っていたが、いつも間にか悪玉コレストレールが増えてしまった。気を付けよう。

良い事も有った。肺活量が30代前半の時に戻った。もうひとつ血液中のヘモグロビンが年々増えている。有酸素運動の効果有り。一寸嬉しい!

「卵類は減らして、植物性たんぱくを増やして下さい」とのアドバイス。

さ~明日から食事に気を付けよう!

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2011年3月29日 (火)

初転倒~自転車トレーニング

今日は朝から天気が良い。軽く自転車トレーニングのつもりで出発。気温4℃。前回よりは少し暖かい。念にはと思いスキー用グローブを着ける。R937を上雨紛→共栄→富沢と回るつもりでスタート。住宅街を抜けて山沿いの道に左折したところで路面の砂に前輪を取られ、大転倒してしまいました。昨シーズン何度も通っていた道でつい油断してしまった。路肩だけでなく交差点の中まで砂が残っていて、スリップしてしまった。左側の腰と肩が痛い。急いで起き上がり、外れたチエーンをかけるが中々上手くいかない。動揺しているみたいだ。気を取り直しなんとかかかった。左手を見るとグローブが無残にも皮が破け裏地が見えている。このグローブのお陰で手の怪我はなく、良かった。良かった。そして自転車も大丈夫。曲がったサドルを戻して、再出発。暫く行くと向かい風。結構強い。スピードが乗らない。そのうち右腕が痛みだした。ぶつかってはいないはずだが、自転車を支えるため変な力が掛ったのかな。ペースダウンして走行。共栄の丘に到着。休憩。遠くの山々が綺麗でしたので記念撮影。

001

ここからは暫く下り坂と追い風で快適。でも路面の砂が凄く気に成りスロースロー。R12まで行き折り返し富沢から高砂台入口の坂を越えて戻ってきました。

本当は出発前、このコース2周のつもりでしたが結局1周で取りやめ。1時間2分 24km のトレーニングでした。

路肩の砂の除去作業について道路事務所に問い合わせたところ「4月に入ってから順次行って行きます。1・2週間かかります」との返事。

本格的走行はそのあとにします。みなさん 路面の砂には充分気をつけましょう!

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2011年3月26日 (土)

初サイクリング~シーズン開幕

東日本大震災から2週間 まだまだ避難所で暖房もない中で頑張っている人たちを思うと心が痛む。徐々にでは有るがライフラインが復活しつつある。復興に向け少しづつ動き出して来ている。しかし、福島第一原子力発電所の事故は出口が見えず不安である。影響の無かった自分としては今まで通り元気でいようと思いつつも、だんだん気がめいって来ている。寝不足の日が続く。

今日は朝から穏やかな陽気。午前中のヤボ用を済ませ、自転車を引っ張り出した。気分転換をしたい!

近くの美瑛川サイクリングコースは雪が沢山の残っているので走行不能。

一般道に出ると歩道は雪で無理だが、車道はアスファルトがでて問題なく走れる。観音台方面はまだ通り抜けはできないので、今日は富沢・共栄・上雨紛と回って来た。気温1℃、走りだすとやはり寒い。上はダウンジャケットだが下はアンダータイツにジャージで膝から下が特に寒い。手も冷たい。今日はオートバイの夏用だが次回はスキー用ブローブにしよう。それでも構わず続行。

001 【共栄の丘の頂上で給水】

富沢のR937を南下。 行きかう車はほとんどなく実に走りやすく気持が良い。4か月ぶりだ。やっぱり道路を走るのが一番だ!ところどころ雪解け水で路面が濡れているが大したことない。共栄で給水をして、途中小雪が舞ってきたがこれも気にせずに戻ってきた。一時間弱 20kmでは有ったが気持が良い。すっきりした。

戻り次第、冷えた身体に熱いホットココアを流し込む。実に旨い!

blogを書いている今も小雪が舞っているがもうシーズン開幕で~す。

ps 汚れを落としたついでに先日作ったステッカーを張りました。

004 【jinrikisyaⅡ】

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2011年3月23日 (水)

早く来い来い春!

本日は午後から就職活動の二次面接がありました。やるだけの事はやったので後は結果を待つだけです。

数日休んでいた自転車トレーニングの再開です。ローラ台に乗っかり開始から2分ぐらいたったところで、足下に変な黒いロープが飛んできました。一瞬なんだろう? ローラ台のゴムロープが切れてしまいました。購入してから40年程前のもの、今まで良く持ったもんだ。

交換部品が手に入れば良いのだが・・・・・・

002

今日は最短2分で終了。道路の雪はまだまだ残っている。早く道路を走りたい。

早く来い来い春!

ニューサイクルのシールも作りました。名前は「jinrikisya Ⅲ」に成りました。

004

納車の日は4月1日(大安)としましたが、仕事決まったらどうしよう?

ps 二次面接の結果NGでした。(4/4記)

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2011年3月19日 (土)

旭川氷点橋~4月1日開通予定

東北地方太平洋沖地震発生から8日目。被災地の皆さん、日本中が、世界中が支援しています。頑張ってください。福島原子力発電所の事故もまだまだ予断を許さないが、少しづつ光が見え始めた。幸い影響を受けなかった私たちは次の支援に向け、いつでも動ける健康な心身を維持していきたいと思います。そのため、できるだけ普段の生活に戻していくことが、復興を支えるものと考え、いつも通りのblogを書き続けたいと考えます。

旭川市内の永隆橋通りと神楽地区をむすぶ橋が間もなく開通します。名前は「氷点橋」。市内からこの橋を渡り神楽方面にまっ直ぐ行って突きあたり付近に三浦綾子記念館があります。

【神楽側より】

001 002

003 (対岸の北彩都病院が見えます)

【宮下12丁目側より】

004

これにより神楽・神居地区の人たちも随分便利に成りますね。4月1日が楽しみです。

ps 地図を追加しました(2011.4.1記)

より大きな地図で 氷点橋 他 を表示

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2011年3月18日 (金)

今何が出来るのだろう-3

今日は失業中の失業認定日 4週間ごとに就職活動を報告し、失業保険が確定する日。福島原子力発電所が大変気になるが、行かざるを得ない。また先日の就活面接のひとつが一次面接結果通知の予定日。淡々と済ませ、自宅に戻る。しかし待てども一向に来ない。

そして、震災の復興のため、今自分として何が出来るかが気になる。Sさんからblogにコメントが入って来た。一緒に情報共有しませんかと・・・

東北地方太平洋沖地震に私達ができること

http://jbbs.livedoor.jp/news/5281/#1

早速投稿しました。

今できること

震災から一週間が達つ。福島原発の事故は大変心配ではあるが、空から陸からの放水と外部電源確保に全力で立ち向かっている関係者にエールを送りたい。必ずや安定終息に向かうことを祈ります。そして多くの被災者の支援を自分は何が出来るのかを発言させていただきます。それには個人レベルでできる事注意すべき事があります。ただし時間と共に状況変化で対応方法も変わります(3月18日現在の考え方)

1、直ぐできること
 ・募金 チャリティも含む ・・・一番効果があります  
 ・買いだめ買占めはしない ・・・普段通りの買い物をする
 ・節電   ・・・できる限り今以上に節電しましょう

2、注意すること
 ・献血・・・現在血液は充分に足りています。鮮度が命 次の機会のため少し待ってください
 ・ボランティア活動 ・・・未だ現地の受け入れ体制が充分でありません。是非自分の近くのNPOに相談して組織だった活動をお願いします。個人参加はお客様感覚でかえって足手まといになりかねません
 ・支援物資・・・地元の自治体に相談ください 組織だった活動が必須です 個人で発送はNG
 
そして、各個人が元気で笑顔で、思いを思いやりに変えて支援することが、今できることではないでしょうか。次の活動の機会までは、直ぐ活動できる様に健康な心身を維持し、自分の立場を全うすることが、日本経済を維持し次に来る復興支援の原動力になると思います。
被災地のみなさん、災害支援のみなさん・原発対応のみなさん頑張ってください。
日本中が、世界中が支えています。期待しています。

これから私たちにできること

集団疎開・移住・定住が具体的に成ってきました。みなさんの地域にも被災者が移住して来ましたら、色々なサポートが必要に成ります。よろしくお願い致します。

旭川市では被災者の受け入れも含めた相談窓口が開設されました。

被害の全容が未だつかめていない中でも、道路や鉄道等が少しずつだが復興の兆しが見えてきた。原発はまだまだ予断を許さないが、多くの人たちが何ができるのだろうかと真剣に前向きに考え行動しようとしている。このうねりは必ずや早い復興の原動力に成ると信じます。皆さん頑張ってください。

ps   3月19日 一次面接通過の知らせ有り。 二次面接は来週中。今自分にできることは、足下を固め、次のステップへの準備をすること。全力で頑張ります。 

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2011年3月17日 (木)

今何が出来るのだろう-2

震災発生から7日目、福島原発事故の対応も最大の山場。自衛隊のヘリコプターに寄る空からの散水。地上からの放水。高圧電線からの原発敷地内への引き込み作業。あらゆる手段を講じてこの山場を乗り切れば、冷却と外部電源供給で必ずや安定終息に向かうであろう事を祈る。

更に、被災地では未だ未だ救援の手が届かない、水・ガソリンが不足して一刻も早く手に入れたいとの声も聞かれる。

このような中で自分として今出来ることは、

1、募金 ・・・個人レベルとしては一番効果があると思う(本日も募金しました) 

2、買いだめしない ・・・いつも通り必要なものだけを購入

3、節電 ・・・今後も継続

そして、地元の自治体の担当者に避難場所提供についてのお話が聞けた。

「今回の震災の被災者に対して、一次避難や移住定住の受け入れについての具体的な検討開始した。受け入れの体制や場所、長期滞在者や定住者の雇用については重要な課題だが、協議しているところである」

一寸安堵の気持である。

福島原発では敷地内に留まって日本の危機を救おうと、危険に身を置きながら頑張っている50人の職員に拍手を送りたい。君たちは勇者だ! 頑張って下さい。 

自分のことではあるが、特に原発が気に成り何も手に付かないが、普段通りのリズムを取り戻し自転車トレーニングを再開します。

そして何と言っても笑顔が一番ですね(blog友達”ちゃび”さんから背中を押されました)

PS 旭川市の支援窓口開設されました。西川市長twitterより(3/1815:30記)

http://twitter.com/AsahikawaMasa

旭川市災害支援室。0166~25~9807。 0166~25~9808。にご連絡下さい。被災者の受け入れ等も含めて、ご相談に応じさせて頂きます。

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2011年3月15日 (火)

今何が出来るのだろう~地震災害救援活動

東北地方太平洋沖地震が発生してから4日が過ぎた。日を追うごとに被害の実態が分かると同時に拡大の一途だ。どんどん辛く成る。福島原発も心配だ。その様な中、今日がれきの下から96時間ぶりに2名の方が助けられ明るいニュースも伝わってくる。

3月11日 午後2時46分 この時から日本は変わった。最初は何が何だかわからなかった。理解できなかった。でも現実として受け止めるしかない。自分としては何か出来ないだろうか。何か手助け出来ないか。

救援ボランティア: 現地は未だ受け入れ態勢にない 今行けば足手まといに成る

募金活動: 本日 niftyの災害救援募金を少額だが行った。(blog 友達 tuba姐さんに教わりました)

節電の実施:13日のボランティア活動の時 集まったメンバーに運動をお願いし皆が賛同してくれた。

また、自分の足下を固めることと考え、社会貢献関連の就職活動を一生懸命頑張るしかない。本日2件 面接に行って来た。

この北海道に移住を勧めるのも良い。でも雇用はどうする?(自問自答)

twitterは重要な”つぶやき”のため、空けておこう。批判の”つぶやき”はやめよう!

そして、歯がゆい、何も出来ないが、現地では皆んな頑張っているのを、遠くから思いやりの気持で見守ろう。

ACのCMに感動した。「心は誰にも見えないが心遣いは見える 思いは見えないが思いやりは誰ににも見える」そうだ。この気持で被災者の人たちを応援しよう。一日も早く普段の生活に戻れるように。救援隊の人たちも頑張っている。福島原発の関係者も頑張っている。

だから、批判はしない 皆で見守ろう。応援しよう。

 

  

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2011年3月12日 (土)

地震のお見舞い申し上げます

東北地方太平洋沖地震のお見舞い申し上げます。

その時、就職活動のためハローワークで受付を済ませ相談の順番待ちで椅子に腰をかけていた。変に身体が揺れる、立ちくらみかな、と思ったが何か変だ。地震だ、静かにゆっくりな横揺れ、随分永い、事務所のつるし看板が大きく揺れる。 

隣の人と顔を合わせ 「地震だ。旭川にしては珍しい地震だ」 

ゆっくりだが大きく横揺れで永い 震源地は遠くであるが大きな地震だといやな予感

就活の紹介状を書いてもらい、早々出て乗用車に乗りこみ、ラジオを付ける「いきなり臨時ニュース 「東北地方で大きな地震がありました そして津波警報」アナウンサーが絶叫している 「既に津波が到着してところもあります。とにかく高台に避難してください」間もなく自宅に到着 テレビを付ける  

次々に飛び込んでくるニュース 時間が経つにつれ被害の実態が分かってきます。何が起きたのだろう、半信半疑である。

仙台市の被害が大きい 仙台に住む親戚の人が心配だ そして栃木南部震度6 息子のところも心配。  息子のau携帯に先ずはメールするが 発信規制が始まった  電話もNG

暫くして兄弟から電話 「息子のところ大丈夫か」と 「会社の男性が1人なくなったとニュース流れているぞ」と 電話もメールも繋がらない 心配だ!

そうだ パソコンメールならまだ大丈夫だろう PC~携帯メールへ送信(正常送信完了)

心配で手もつかないので、夕飯の用意も中途半端 味噌汁だけを作り ほかほか弁当にしよう。

娘が仕事から戻ってきた。心配している。一緒に弁当を買いに行く。

やっと息子から PCメールが 「大丈夫 電話通じない」暫くして「停電で真っ暗 何もできない 寝る」 

これで一安心 このことを心配していた兄弟に電話しようとしたら、我が家の固定電話が不通 携帯電話もNG  IP電話も発信規制 昔の電話に戻し なんとか兄弟には息子の無事を伝えることが出来た。

息子も釧路時代の震度6の経験を生かし、早く普段の生活に戻ってくれること祈る。

この100年で最大規模の地震で有る 徐々に被害の実態が分かって来るが、全く連絡の取れない自治体が数多くあるようだ 大変なことに成っている  

北海道よりお見舞い申し上げます。そして一日も早い復興をお祈りいたします。  

ps 数日後、仙台に住む親戚の全員無事が確認出来ました。

 

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2011年3月10日 (木)

【雪雲に煙る旭川の街を見下ろす】 ~現場探し

Mさんより「20年前の旭川の場所を探している」とお話が有りましたので、調べてみました。20年前なら私も丁度旭川で勤務していた時期なので、大体の記憶は残っています。

手掛かりは下記の内容。

【雪雲に煙る旭川の街を見下ろす】 http://blogs.yahoo.co.jp/minaseyori/60237557.html

旭川に入ったのだろうか。
除雪されたばかりの脇道に入る。
人家は消え、ゆるい坂道を上り始める。 
やがてぽつんと左手に赤いネオンが輝くラブホ。
車はそこを通り過ごしてから左にカーブし猶も上る。
丘の中腹の小さなロータリーに大きな水銀灯が一つ。
そこでUターンして反対車線の右端路肩に逆向きに駐車する。
上記を基に色々調査してみました。
候補地としては高砂台・観音台・嵐山展望台・春光台と絞られます。消去法で嵐山は冬場は通行止めでNG、 春光台は住宅地の中でNG、  高砂台も非常に可能性大ですが、しかし道路に駐車したまま旭川市内を一望できる場所は殆どないです。ただし走行中には高砂台入口付近で市内を一望できますし、高砂台出口から神居方面に下りる時に、市内を見渡すところがあります。しかし、どちらも長時間駐車は??です。

20100904by_keian 高砂台から神居方面に下りる時の街の眺望 2010.9.4撮影

そうすると、残るのは観音台。坂を上り始めると人家が無く成り途中にラブホが、しかし登るときは右手には成るが・・・。坂の途中で分岐点があり、冬の間は大きく除雪されている。ここが小さなロータリーにも見える。更に水銀灯が一本。

002 現在の観音台途中からの旭川市内 2011.3.10撮影

雪模様では有るが、天気が良ければ右手に大雪山連峰が見える。そして大雪山連峰から夜が明ける。

001 旭川の夜景が望める観音台 2010.12.24撮影

このほか旭川の景観スポットを旭川市のHPで見ることが出来ます。

http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/files/tosi_kei/keikan/keikan/choubou/choubou_top.htm#kome1

 

ps  核心に迫る  E地点 観音台公園に入る少し手前か? ストリートビュー(数年前の画像?)も参考に出来ると思います。

   

より大きな地図で 観音台坂 を表示

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2011年3月 7日 (月)

映画 飛べフェニックスの思い出

映画:飛べ!フェニックス the flight of the phoenix を思い出しました。きっかけは、cocologの友達tuba嬢さんから 先日完成のRCグライダーの名前の事からです。この趣味の始まった頃は、航空模型を作る度に連番を付けていた。すっかり忘れてしまって居たところ、友達の問いかけで眠っていた虫が起きだして来ました。

1965  ←本日注文した映画版DVD  

テレビ版「飛べ!フェニックス」を見て、凄いショックを受けたのを思い出します。それは、砂漠に不時着してそこを脱出する手だてがなく成ってしまった時に、ひとりの青年が「壊れた機体の一部を使って、飛べる機体を作ろう。それが唯一の方法だ」と・・

最後の望みを託し一同が製作に取り組む。幸い作業に必要な溶接器や工具は輸送機に積まれていたと言う設定。 これはフィクションなので良しとします。かなり作業が進んだところで「おまえは本当に航空機のデザイナーなのか?」と仲間からの疑問。「俺は航空模型のデザイナーだ、しかし航空力学は模型も実機も同じだ。だから俺を信じてくれ」

そして、見事7人が翼にしがみついた状態の飛行機で砂漠を脱出するというもの。

デザイナーが言った「模型も実機も航空力学は同じだ」これは非常に感銘しました。

当時私は仕事で川崎に住んでおりまして、休日は良く多摩川土手をかっ歩していると、野球・テニス・ジョギングなど色々なことをしている人たちが沢山居ました。その中でも一番興味を引かれたのは、模型グライダーの飛行でした。ショックコード(ゴムチューブと釣り糸)で奴凧の様に大空に引き揚げ100メータ以上はあがったでしょうか。気流に乗ると更にどんどん高度を取り、気が付けば20分からいは飛んでいました。とにかく凄いです。すっかり虜に成りました。

間もなく、この映画と多摩川土手の出来事がきっかけで、航空力学の勉強を始めたのを思い出します。今でもこのときの知識が生きてきます。有る意味、今の趣味のルーツは映画:飛べフェニックスだったのかもしれません。本日勢い余って、DVDを注文しました。ノーカット版は初めてです。4月22日発売分なので、待ち遠しいです。

PS これを書きながら思い出しました。同じ時期 B727のコックピットでの出来事も、もうひとつのルーツのでしょうか。この話はまた後日・・・

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2011年3月 5日 (土)

完成です~RCグライダー

半年前からコツコツ作っていた、RCグライダー遂に完成です。雪が解ける前に出来てしまいました。春に成り気候が安定した時に初飛行と成ります。

サーマル工房製 UrbanXC 260cm 920g  予想以上に軽いです。

パワーも充分 mt:HP-GS2218-12  batt: HP-LG335-1600-3S

春が待ち遠し~い~よ!

002 003

004 006

ps  次に何を作るかがまた嬉しい悩みです。とりあえず就職活動の面接が終わったので俄然、作る意欲が湧いてきました。やるだけの事やったので後は朗報を待つのみ。

ps2  朗報成らず 再チャレンジ継続  

ps3  昨年11月時点の途中段階の写真↓

2003 2006

2010 2012

Web20100920002_2

モーターを固定式に変更

 

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2011年3月 1日 (火)

絵画みたい~IMAGING SQUARE

20110301nc

cocolog ブログの友達が使っているツールを私も試してみました。

CASIOの IMAGING SQUARE です。http://art.casio.com/

早速ニューサイクルを変換してみると、本当に絵画みたいです。楽しいツールが有るのですね。

道チャリさん ありがとうございます。

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